阿部まりあインタビュー(その1)

 このブログでもたびたび紹介している、歌手の阿部まりあさん。
 2度の結婚/離婚と3度の出産、自動車教習所の教官など数々の職業を経て、2007年「温泉サンバ」でデビューした。
 韓国とも縁が深そうで、一度お話をうかがいたいと思っていたが、このたびお目もじがかなった。
 インタビュアーが私ということもあって、話の内容が韓国に偏りすぎたきらいもあるが、とても楽しく話ができた。さらに、まだご本人のブログにも出ていない、この席で初めて明かされた重大発表もあった。これは「おけつにいらずんばぽじをえず」だけの単独スクープである!
 少し長いのだが、最後まで読んでください。

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−−まりあさんは韓国とも関わりが強いみたいですが、そもそもきっかけは?

 韓国は、えーっとそうですね、子供のころ、近くにいわゆる「朝鮮部落」とかあって、在日の、キョッポ(僑胞)って言いますよね、たくさん住んでたりはしたんですけどね、別に興味ないし知らなかったんですけど。
 あと「プサン港へ帰れ」、それだけは知ってましたけど、あとは全然……。


−−本格的にかかわるようになったのは最近ですか?

 本格的に韓国と出会ったのは、教習所の教官を辞めてから、ワールドカップのころだから、2002年ですね。友だちの知り合いの、新大久保の洋服屋さんに、洋服が好きで、洋服を売れる子として、私が入ったんですね。
 そうしたら、店長も韓国人だし、見渡してもぜんぶ韓国人だらけの、韓国人ワールドで、すっごい辛いものばっかり食べさせられるしお昼とか(笑)。
 最初はもう、冗談じゃないって感じで、辛いものもダメだし、別に韓国が好きっていうのもなんにもないし、まあほかの国と同じですよね、タイとか、インドネシアとか。


−−その洋服屋さんの、服のセンスみたいのはどうでした?

 それはやっぱり私が好きな、ハデー! な感じでした、派手な感じ。

−−そのへんが合ってたんじゃないですか(笑)?

 あーそうかもしんない、合ってた、合ってました。
 でも、ほんとうにそれだけです、洋服のセンスとか、カワイイとかキレイとか、それだけでその店に入って、でフタを開けてみたら、なんだよこれは、日本人は私ひとりで、あとは全員韓国人で、あ、こういう店だったんだってはじめて知りました。
 で、だんだんだんだん染まってきちゃいましたね結局(笑)。


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−−それでどうでしたか、そういう韓国人社会に入って行って。

 まあ韓国は、良い部分も悪い部分もあって、いやーセッカチだなと思う部分と、あとやっぱりマナーの悪さを感じちゃったりもするんですね私なんかは。
 礼儀とか、韓国人の言う礼儀の正しさ、たとえば人前で、年が上の人とお酒飲むときにはこういう風に(横を向いて)ちょっとこう飲むとか。でもそんなことよりも、たとえばここにゴミを捨てないとか……、日本人からの常識と、韓国人の常識が、もうえらいずれてるなー、っていうときがけっこうあって。
 それに、やっぱり食べる文化が進んでるだけあって、よく食べるなーって。それで女の子なんか、ダイエットしたいダイエットしたいって言うんだけど、だったらそんなにサムギョプサル食べんなよって(笑)。
 でもやっぱり好きなところは、熱くなるところ、集団でみんなで集まって、みんなで一つのことを成し遂げようってするときの……、


−− 団結力とか?

 団結力と、エネルギー、あれは日本人にはないかもしれない。
 あのー、ほら、うちの息子がサッカーやってるなんてお話で、最近ブログにも書いたりするんですけど、ほんとに子供たちの闘いぶり。これが、熱い子供がなかなかいない。
 うちの子なんかはやっぱり私の子供だから、おんなじなんですよ、身振り手振りオーバーアクションだし、負けず嫌いで、負けたら相手をぶん殴りに行くくらいの勢いなんだけど……。
 そういう子がほかにいないんですよ。あたしが見てて、あーやっぱりこれが日本の子供たちなのかな、っていう感じがする。
 でも、韓国人を見てると、あれだけ熱いお父さんお母さんを、やっぱり子供は見てるから、熱く育つ。みんなでなにかやろうよって集まるときに、ちゃんと団結すると。
 でも悪くすると、集団でいじめるみたいなイメージもあって、一人じゃ何もできないんだろって言われたらそれまでだけど……。
 でも、みんなで何かするときの力って私はすっごく強いと思う。韓国はね。
 で、そこが日本の弱いところで、個人主義っていうのかな、ちょっと悲しいときがある。もっと熱くなってもいいんじゃないの日本人、って思っちゃうときがあるんですけど、コブギさん、違います? 違いますかぁ? アハハ…。


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−−私が心配なのは、うちの娘が3才で、よく一緒に公園に行くんですよ。それで、ほかの子供たちを見てると、男の子は、友だちと公園に来てもベンチにじーっと座って、背中丸めてゲームやってるんですよ。
 女の子なんかはね、鬼ごっこみたいに飛んだり跳ねたりもうバーっと走ってきて、柵なんかピョンて飛び越えたり、パンツ丸見えで木登りしたりとか(笑)、だいたい女の子の方がアクティブなんですよね。
 大丈夫かな日本の男子はこれから、とか、そのへん心配になることがありますけど。韓国も同じかなそのへんは……。

 娘さん3歳?

−−そうです3歳。

 かわいいですねー! もうペロペロなめてんでしょ?

−−なめてます(笑)。

 私もねー、子供が寝た瞬間からペロペロなめてる、うちはもう、チューなんて言ってもチューなんかしてくれない年頃になってきちゃったから、寝てるあいだに、襲います、唇奪います、アッハッハ……。
 ……だからまあ、私が最近そこで感じてるのは、日本人にもそういう熱さがもっともっとあったらいいなーってつくづく思って、でも逆に、個人主義で人のことあまり気にしない、それが恐ろしい面でもあるんですけど、何をやっても後ろ指を指されないっていうか、あまり注目されないっていうか……。
 だけど韓国で、たとえば私みたいな恰好の人が近所にいたら、あの子おかしいんじゃないって言われちゃうような、そういうイメージがあるな韓国は。みんなが人のことをすごく気にするっていうのかな……。
 たとえば人だかりがあるとどんどん集まってきて、なになになになになにー? っていうのが韓国人は好きで、日本人は以外と素通りできるとか。
 そのへんが、日本人と韓国人の違うと思う部分なんですけどね。まーでも私まだ実際に行ったことないからわからないんですけど……。行ってみるとまた違った面が見えるんでしょうね。


−−うん、やっぱり行くとだいぶ違うと思いますけどねー。

 あー……。こっちにいる韓国人と、向こうにいる韓国人とはまた違う……。

−−それは違うと思いますよ、外国に出て外国で生活しようっていうタイプの人は、それだけ積極的な性格であるとか、まあ、もともと韓国社会になじめない人とか……。どちらにしても、いわゆる普通の平均的な韓国人ではない人が、外国に出て行くわけだから。

 特に、日本て言ったら、もともと嫌いな国じゃないですか、韓国人からしたら、どうなんですかそこって?

−−んー、でも嫌いな国だったらそもそも来ないですから。

 でも嫌いって言うじゃないですか韓国人(笑)。なんかそれがヨシとされてる? 日本嫌いって言わないと、ダメみたいな。そんな雰囲気があると、聞きました。アンチ日本(笑)?

−−そんな雰囲気っていうか、そういう、韓国人として嫌うべき日本と、たとえばゲームとかマンガとか、食べ物とか音楽とか、日常生活にあふれてるわけですよ、日本文化が、韓国人の生活の中に。そういう、日常にあふれる日本と、韓国人として嫌うべき、敵としての日本と、なんか韓国人の心の中で日本が2つあるような気がする。

 ふーん……。でも、やっぱりひとつは憧れっていうのもあるんでしょうね、日本に対して、結局先進国なんですもんね、日本が。

−−あーそれは伝統的にあるでしょうねある面で、なんというか、ルサンチマンというのかなんというのかわからないけど。

 でも嫌いと(笑)。もーサッカーとかさ、日韓戦とかになるともう新大久保の街たいへんで、私もほんとにたいへんで(笑)。私は友だち韓国人が多いから、青が着たいのに、日本対韓国のとき、青が着たいのに赤着せられてる私はなんなんだろうって思ったりしましたね、前後見たら全部韓国人で私ひとりが日本人だったんで、青は着れないのかなーって思って、いちおう下に青着てったら怒られて、赤になりなさいー! みたいな、でも密かに日本応援してましたけどね、アッハッハ、そういうときもあったなー。
 そんな環境ですねー、当時は……。
 それで、韓国語の勉強もはじめて、最初はまったく聞こえてこなかったものが、こんなに聞こえてくるの? ていう瞬間から、自分でも信じられないくらい、耳に入って、わかってきますよねー。言葉の勉強って、これなんだー! って、思いましたね。


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−−音楽はどうですか? 韓国の音楽の、その、ノリっていうか。

 大好きです! もうぜんぜんレベルが違いますねー、私は、韓国の音楽ってすっごく進んでると思います。
 まあ日本の音楽も、いいものはいいですけどね、やっぱり、いいものはいいと思うんですけど、でもだいたい、3連の3拍子じゃないけど日本で言うとまあズンチャッチャーズンチャッチャーみたいな、そこにちょっとアレンジして、っていう感じだと思うんですよだいたい。
 でも韓国って、演歌だったらもうメロディーが、なんでもアリですもん。要するにポップスでも演歌でもどっちでもない感じだから、それがもう、ビックリですね。


−−ノレチャラン(韓国版のど自慢)とか見てても、歌い手だけでなく、観客のノリがいいですよね。おばあさんがクネクネ踊ってたりとか。

 ほんとうに韓国人はノリがいい。私あの、ちょっと古いんですけど、テジナの「사랑은 아무나 하나 恋は誰もがするものか」あれメッチャ好きなんですよ。ほんとに好きで、ああいうのが日本で出てきたらかっこいいだろうな、エレキギターをガンガンきかして、って思っちゃうんですけどねー。

−−まりあさんはそういう韓国の歌、歌う機会とかありますか?

 ありますね、やっぱり、新大久保でキャンペーンとか、歌いに行くときなんかは、かならずいれますね。
 若者の集まるところだったら、チャンユンジョンの「オモナ」とか「チャンチャラ」みたいな若者むけの演歌(トロット)から、ファニとかイジョンヒョンとか。
 あとはコテコテの韓国歌謡で、「イビョル(離別)」とか「サランエミロ(愛の迷路)」とか。
 チョーヨンピルさんだと、日本だと「釜山港へ帰れ」が有名だけど、韓国だとやっぱり「モナリザ」、「モナリジャ」って言わなきゃいけないんですけど、モナリジャは盛り上がりますね。
 それと、韓国でリメイクされた、日本の曲、「アイラブユー」、「オーマイジュリア」、「世界中の誰よりもきっと」みたいなのは日本人も韓国人もわかるのでよく歌います。


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−−キャンペーンはどんなお店に?

 新大久保で、私がいちばん親しくしてもらってるのは「チロル(七月)」っていうお店なんですけど。そこのママさんにはよくしていただいてます。

−−白玉仙さん、チャリティーコンサートやってらした。

 そうです、お世話になってます。デビューしたのも、その、白玉仙さんのチャリティーコンサートがきっかけで。
 もともとは、2003年ころ、渋谷の東亜エンターテイメントっていうところに入って、そこの社長に気に入ってもらって、スクールでレッスンしながら、デビューの準備中だったんですけど。
 その時期に、白玉仙さんのチャリティーコンサート(新大久保駅で線路に転落した人を助けようとして犠牲になったイスヒョンさんを追悼するコンサート)に出たときに、今の、MJMの社長と知り合って。これは「企画もの」の歌なので、阿部まりあの声には合ってないかもしれないけど、楽しい曲だし、チャンスだし、社長にぜひお願いします! っていうことで、出しました、「温泉サンバ」。


−−あーやっぱり、まりあさんは韓国と縁が深いんですね。

 そうですねー、それで実は、お知らせがあって、コブギさんだからお伝えしますが、実は私、あの、
再婚した
んですよ、3月に。

−−えー、そうなんですか、再々婚! おめでとうございますー!

 3月に自分の誕生日がきまして、結婚しようって言ってくれる方がいまして、2年半、交際をしまして、彼も韓国と行ったり来たりしまして、2年半いろんなことがあって、乗り越えて、がんばろうっていうことで3月に…。

−−韓国と行ったり来たりっていうことはお相手は…、

 韓国の方。だから私は姜(カン)っていう名字に、名前も一緒にしたほうがいいねっていうことで、子供も変わって私も変わって、これから家族としてがんばっていきましょうみたいな感じで。
 でもどうなるか、アッハッハ、バツが増えるの嫌ですけど、アッハッハ……。
 日本では3度目の正直という言葉もあるし、韓国にはないみたいなんですけど、私は「3」ていう数字が大好きで、ラッキーナンバーなんだって言ったらダンナにはバカにされましたけど。


−−相手の方おいくつですか?

 若いですねーとっても。ちょうど一回り下だから……、1982年生まれですね。いま26です。

−−そら若いわ(笑)、そうですかー、おめでとうございます!

 ありがとうございます。
 ほんとうにみんながね、おめでとうおめでとうって言ってくれるから、ほんとは私のブログにのせて、言おうかなと思ってたんですけど、もし1カ月で終わっちゃったらどうしようって(笑)、言わないほうがいいんじゃないのって思っちゃってたんですけど。
 ……もう、うちのダンナは100%韓国人なんで大変です、とっても大変です。
 ケンカもよくするんですけど、ケンカするとめっちゃ辛いの作るんです。コイツもう辛いの食って死ねーと思ってアハハ、いつもは、キムチチゲとか、ほどほどに辛くして、うちのダンナ、韓国人にしては辛いのがかなり苦手な方なんで……、


−−あー最近の若い人はねー。

 そうなんですよ、普通の日本人と同じくらいなんで、キムチチゲとか、ラーメンとか思いっきり辛くして、そのときは「怒ってるぞ」というサインです、今朝もやってきました、プデチゲを作ったんですよ、唐辛子の瓶2本入れてきましたアハハ……。

−−朝からプデチゲ(笑)。ところで、ご家族の反応は……。

 大変だったんですよ、うちの母に大反対されて、ここ(所属会社のMJM)の社長にも相談して、ダンナとお母さんと子供と板挟みになって、まあ大変な日々を過ごしました。
 でも今ではほんとうに仲いいです、ダンナと、うちの母と。
 娘(つんくプロデュースNICEGIRLプロジェクトのカレンさん)は日本人じゃなきゃいいよって(笑)。どうも、うちの子たちも日本人と合わないのかな、娘がうちに連れてくる友だちも、だいたいフィリピンと日本のハーフとか、中国人の子とか、そういう子たちばっかり。
 カレンも私みたいに感情表現をボンボンってするタイプなんで、海外の子たちとの方が合うらしいんですよ。子供も私に似て、喜怒哀楽が激しいです、毎日、笑ったり泣いたり忙しいです。


−−お相手のご両親は?

 大反対ですよー! 私たぶん、9月にご挨拶に行くんですけど、玄関で門前払いでしょうねきっと、門前払いどころじゃなくて、棒とかで叩かれそうですもん。

−−ダンナさんはご兄弟は……?

 二人ですね、弟がいます。生まれも育ちもソウルで、都会っ子です。私プサンとか、訛りがあると聞き取れないんですけど、ダンナの言葉は安心して聞きとれます。日本に来て3年経つので、日本語もだいぶ上手になりました。
 ただし、ケンカするときは、スイッチオン! で韓国語モードに入ると、もうぶち切れてます。すごいですよ、汚くて言葉が。私も日本語でやり返してやろうと思うんだけど、どうせわかんないどろうなコイツとかって(笑)。
 けっこう傷つくこともあります、言葉が汚いじゃないですか、ケンカするときの韓国語って。


−−悪口がたくさんありますからね。日本語はそんなにたくさんないですからね悪口が。不利ですね(笑)。

 ふつう女の人にこんなこと言うかーっていう。これからは、ケンカするときは日本語でお願いしようかと(笑)。

−−ケンカするときはともかく、いいところは?

 それはやっぱり、レディファーストって言うと語弊があるけど、女性に対してやさしいですよね、気が利くっていうか。誕生日とか記念日とか、よく覚えてますよねー。

−−これからますます韓国にどっぷりですね(笑)。

 そうですねー、まあ考えてみれば、2002年に知り合いに頼まれて洋服屋さんに入ってから、ずっと韓国にどっぷり浸かってましたねー。そのあとサムギョプサルのお店で働いてましたけど、そこも、アルバイトの子は留学生で日本語もわかるんだけど、厨房のアジュマ(おばさん)たちは日本語できないから。だから時給は安かったんですけど、いつも、生きた韓国語を勉強したかったので続けてました。
 でも結婚を機に、本格的にこの事務所で働きたいのと、歌もまだまだ勉強不足で、もっともっと歌の勉強をしたいこともあって、辞めました。


−−それで、今後は、どんな歌手になりたいですか?

 私ほんとうは、シャンソンをやりたいんです。私がいちばん好きなのが越路吹雪さんで、エディットピアフも大好きだし、ミュージカルみたいのもやりたいし。
 そういう、芸術的なものをやりたくて声楽もずっと勉強してきてたので、子供のときの夢は演歌って感じじゃなかったんです。
 私にとっての勉強って、たとえば語学だって、歌のレパートリーを広げるためでもあるんだし、教習所の教官だって、人に自分の気持ちを伝えるっていう、わかりやすく伝えるためにほんとうにいい勉強になったし。
 もう私が今まで生きてきたのはもう全部、音楽や歌で、表現力とか、そのへん出せたら、誰にも負けない自信もあるので、そのへんはいま、加藤先生という大好きな先生と一緒に、一生懸命勉強中です。


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>>その2へ続く
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by kobugimori | 2009-05-19 11:15 | ポンチャック