戦争と平和

 十数年のつきあいのある友人の、お父さんが亡くなった。
 その方はもともと、黄海道(現在は北朝鮮)の、果樹園を所有するような裕福な家庭の出身だったのだが、朝鮮戦争ですべてを失い、親兄弟とは生き別れ、単身日本に逃げてきたそうだ。
 戦争からの逃避行と、異国でゼロから築き上げた生活と家庭。ワーキングプアでキビシいなどとブーたれる私とは、苦労のレベルが違いすぎる。
 子供たちはそれぞれ立派に育ったし、孫も生まれて晩年は幸せだったろうと思う。しかし結局、肉親との再会も、再び故郷の地を踏むことも、生きているうちにはかなわなかったわけだ。

 8月は、日本では戦争を振り返る季節でもある。
 私の近い親戚では幸いなことに、戦争で犠牲になった人がいない。
 ただ、私の母は戦時中は女子挺身隊として、学校に行けず工場で毎日働かされたそうだ。私が10代の反抗期のころ、けんかになるとよく「私がおまえくらいのころは空きっ腹を抱えて毎日工場で…」という身世打令(グチ)がはじまった。
 その母も、11年前にガンで亡くなった。
 また、私の家はもともとはかなり大きな地主だったらしいが、戦後の農地改革で没落し、坊ちゃん育ちの祖父や父はだいぶ苦労もしたらしい。
 祖父も父ももうずいぶん前に亡くなった。

 時の流れはどうすることもできない。戦争の体験者が毎年どんどん減ってゆく。
 人が亡くなるということは、実体験としての歴史が失われることでもある。失われた歴史は、あとに残されたものが想像力によって少しでも補うことをしなければ、まったくの「無」になってしまう。

 お盆と終戦記念日の重なるこの季節。
 工場で働く10代前半の、戦時中の私の母を想像する。学校にも行けず食事も満足にとれないまま毎日働かされたのは、何のためだったのかと考える。
 黄海道の冷たく透き通った空の下で、リンゴの木を見上げる友だちのお父さんを想像する。戦火に巻き込まれ、肉親と別れなければならなかったのは誰のせいなのかと考える。
 いくら考えたところで、私の頭では答えなど出るはずもないが、想像すること、考えることを止めることは、死んだ人を忘れることであり、歴史を無にすることである。

 日本のインターネットには、日本の歴史だけを賛美し、外国人を敵視・排斥する言葉があふれている。
 韓国の言論界は、ウリナラ=善/日本=悪という単純な二元論に支配されている。
 国の歴史も、個人の人生も、そんなに単純なものではないのに、単純化して分かった気になる。自分の頭で考えず、誰かの受け売りですます。孤立を恐れ、付和雷同する。
 こういう風潮も、歴史を無にすることである。死者に対する冒涜であるとさえいえる。

 …と、お盆でもあるし、今回はマジメに神妙に決めてみました。
[PR]

by kobugimori | 2008-08-14 13:08