韓国人はなぜ人の話を聞かないのか−1

 竹島関連のニュースやなんかであらわになる、人の話を聞かない韓国人の国民性。私個人は竹島なんぞに興味はないのでどーでもいいんだが、私がいくら非国民だとはいえ日本が一方的に攻撃されるのは愉快ではない。
 これさえなけりゃ楽しいのになー韓国って…。

 夏休みにソウルに行こうと計画していたのに引いちゃった人、韓国自体に嫌悪感を持った人なんかもいるかもしれない。そうだとしたら日韓の友好を願ってやまない私としてはまことに残念だ。
 そこで、なんで毎回こうなるのか? なんで韓国人は人の話を聞かないで、条件反射的に怒りだすのか? ということを、私なりに説明してみたい。と、思います。そのへんが理解できれば、不愉快な思いが少しは和らぐと思うので。
 長くなりそうなので3回くらいに分ける予定。

韓国人の歴史認識
 まず、韓国人の歴史認識だ。

 ウリナラ(我が国)は、昔から他国に侵略されたりなんかして、常に被害者だった。特に近代以降は、日本に国を奪われた。解放後も、大国の代理戦争で国が分断されてしまった。
 自分たちはちっとも悪くないのに、いつもひどい目にあっている。それを、我が民族の不屈の闘志と不断の努力によって、民主化も経済発展も成し遂げたのである。


 と、簡単に書けばこんな感じだと思う。ここで大事なのは、自分たちは「常に被害者」だという意識と、その被害者意識の向かう先が、主に日本だ、という点がポイントですね。

 韓国は社会の変化が激しいので、世代間の断絶や、貧富の格差は日本以上に深刻だ。また、韓国に固有の問題として、地域間の対立というのもある。
 そうした国民間の葛藤を超えて、あまねく共有されるのが、上記のような歴史認識だ。他の問題ではいざ知らず、歴史認識に関してだけは、韓国国民は強固な一枚岩だ。日本に対する被害者意識こそ、バラバラの国民を統合する原理となっているわけだ。

 それに対して日本では、太平洋戦争は自衛のための戦争だったのか侵略戦争だったのかなど、歴史に対する認識が一様ではない。天皇や、国旗や国歌に対してすら、認識が一致しない。
 だから日本人は、相対的な物事の見方に慣れている。自分たちと違う考えや主張があっても、それほど熱くならない。

 韓国でも、たとえば北朝鮮に対しては、同じ民族だからという宥和的な立場と、冷戦の残滓として敵対的な立場とが共存していて、一方の暴走を一方が抑制するという民主主義的な構図が成り立つ。
 ところが、日韓の近代史を巡っての認識は、韓国国内には一種類しかない。彼らの認識では、日帝によって奪われた(と韓国人が思っている)独島の領有を、あらためて日本が主張するということは、日帝による侵略を肯定することと同じなわけだ。日本に対する被害者意識を原点とする韓国人の、ナショナルアイデンティティを根底から揺るがす事態なのである。民族の自尊心を踏みにじり、独立さえも否定するに等しいわけだ。

 日本に対する攻撃は正義であり、愛国心の発露である。何を言ってもOK、何でもアリ。それを抑制する勢力は国内には存在しないから、国内にいるかぎり安全だ。
 つまり、日本側の竹島領有の主張をスイッチとして、ネットの「祭り」と同じ無責任な狂乱状態が、国をあげて再現される。と、こういうわけですね。

 * * *

「歴史認識が唯一絶対の韓国」対「歴史認識がバラバラの日本」とのあいだで、独島と同じくビンカンにスイッチが入ってしまうものに、従軍慰安婦もあるわけなんですけど、これは竹島と違って、日本人こそマジメに考えなければならない、いまだ終わらない問題だと私は思います。
 アジア女性基金デジタル記念館のアーカイブを、ぜひ見てみてください。

>>アジア女性基金デジタル記念館
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by kobugimori | 2008-07-23 17:03