ナンシー関

 仕事がたまって忙しくしているうちに、ブログのネタもたまってしまった。ちょっとこれから何日かはがんばります!

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 私はイラストを描くのも見るのも好きだが、若いころにいちばん好きだったのは、霜田恵美子というイラストレーターだ。
 霜田恵美子は、昭和30年代の雑誌の挿絵や絵本などを彷彿とさせる、レトロでキッチュな絵を描いていて、ビックリハウスや宝島などを中心に活躍していた。
 タモリの大きな似顔絵が、笑っていいとものセットに使われ、タモリがそれを評して「金日成主席みたいだ」と言ったのもおぼえている。
 しかし彼女は、80年代の半ばにニューヨークに移住して以降、音沙汰がなくなってしまった(気取ったアーティストならともかく、泥臭い感じの霜田恵美子がニューヨークに移住した、というのは意外だった)。

 霜田恵美子なき後のイラスト界に、消しゴム版画という脱力の技法とともに登場したのが、ナンシー関だ。
 原色多用の霜田恵美子に対して、ナンシー関はその技法上ほとんどスミ一色なわけだが、顔だけ大きく描くところと、たいてい一言台詞が入るところがよく似ている。
 その後の活躍については、皆さんもご存じの通り。おこがましくはあるが、私もずいぶんと影響を受けた。

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 彼女の心臓が突然止まってはや6年、渋谷パルコで回顧展が行われ、私も先日見に行った。
 平日の午前中にもかかわらず会場は混雑していた。なにしろ、彼女の味わい深いイラストと、その原版である消しゴムスタンプが5,000点以上も展示してあるのだ。なかなか人が進まない。どう考えても会場が狭すぎるが、主催者は、これほどまで人が集まるとは考えていなかったのではないか? 会期最後の週末である今日明日など、きっと長く進まない列がいつまでも途切れないだろうと思う。

 しかし、混雑しているぶんゆっくり見られたから、それほど不快ではなかった。
 スタンプの実物は、予想以上に小さく、精緻に彫られていた。
 陰毛の1本1本まで板に彫ったという江戸時代の春画を思い出し、つくづくと日本は版画の国だと思った。そういえば、役者の大首絵で一世を風靡した写楽という絵師もいた。ナンシー関は、現代の浮世絵師だったのだ!

 会場の一角には、彼女の仕事部屋が再現されていた。本棚は、大部分が自身の本だったが、「篆刻辞典」とか「人物の描き方」みたいなマジメな本もあった。私も持っている、別冊宝島「変態さんが行く!」を見つけたときには、巨匠が身近に感じられてうれしかった。

 出口の売店で、リリー・フランキーとの対談「小さなスナック」を買った。会場では、絵を見ながら終始ニヤニヤと含み笑いをこらえることができなかったが、帰りの電車でその本を読み、10年後の自分について語り合っているページでは、泣きそうになった。

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 私は韓国好きではあるが、いわゆる韓流にはほとんど興味がなかった。しかし、ナンシー関が生きていたら何を書くか、誰を描くか、ということはブームの最中いつも思っていた。ウォンビンやファン シネなど、彼女の描いた絵が目に浮かぶようだ。きっと韓国でもウケただろう。
 また、ヤワラちゃんの結婚式など、自分では絶対見ないがナンシー関には見てほしい、というイベントやテレビ番組がいくつかあった。
 今も、浅田真央とかエド・はるみとか、彼女に彫ってもらいたい人は何人もいる。そういえば、水野晴郎のデスマスクもぜひ残してもらいたかった。
 考えれば考えるほど、惜しい人を亡くしたという思いが強まる。

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 彼女に敬意を表し、版画風の絵を描いてみた。モノクロにしようかと思ったが、晩年はフォトショップで彩色もしていたというから、カラーにした。

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 ナンシーだから、金髪にしました。

>>ボン研究所
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by kobugimori | 2008-06-15 14:58